WOMJ運営委員および関係者による執筆された記事などをご紹介します。
日本のステマ問題と対応の20年史―2000年代ブロガーブームから始まった
このコラムは、2023年9月4日の宣伝会議Advertimesに寄稿したものを転載しております。
こんにちは。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授の山口と申します。一般社団法人 クチコミマーケティング協会(WOMJ)の運営委員を務めています。
今回は「ステマ規制」の具体的な内容、対策などの解説に入る前に、2000年代から動き出した米国・日本のステルスマーケティングへの業界としての対応を振り返ります。
その転機は、2004年。米国の業界団体「WOMMA(Word of Mouth Marketing Association)」が発足した当時までさかのぼります。
「ステルスマーケティング(ステマ)」というワードも2000年代後半ごろから日本の広告業界でも使われるようになり、やがて2010年代以降にブログやSNSなどの普及により多くの問題が発覚。一般の人にも「広告と情報の境界線が曖昧な事案」を指す言葉として知られることとなりました。
これらを踏まえつつ、なぜ私たちWOMマーケティング協議会(現・クチコミマーケティング協会)が2009年に発足し、その主な活動である「WOMJガイドライン」策定に至ったのか。また3度にわたるガイドラインの改訂を重ねてきた、その背景を読み解いていきます。
※なお、米国のWOMMAは現在、米国広告主協会 (Association of National Advertisers)の一組織として吸収されています。
ブロガーブームから懸念の増した「ステマ」問題
WOMマーケティング協議会(WOMJ)設立の背景には、いうまでもなくソーシャルメディアの発達と普及があります。
1999年に米国で登場したブログサービスは2000年代前半に日本にも導入され、HTMLなどの知識がいらず誰でも使える容易さから多くのユーザーを集めました。これによりネット上での情報発信者の増加と多様化が進みましたが、中には多くのアクセスを集める有力ブロガーも出てきたことから、その影響力をマーケティングに活かそうという動きが始まったのです。
しかし、彼らに金銭や物品、サービスなどを提供する代わりに商品やサービスに対して言及してもらうこうした手法——金銭・物品・サービスなどの提供があるにもかかわらず、それを明瞭に開示しないことは後に「ステルスマーケティング」と呼ばれるようになります——は、同時にネットユーザーたちの懸念や反発をも少なからぬ招くこととなりました。
なぜならそれまでソーシャルメディアユーザー間のコミュニケーションは一般的に、金銭のやりとりを伴わない非営利のものと思われていたからです。営利目的ではなく個人の率直な意見を発信していることが信頼の根拠であったソーシャルメディアのユーザーにとって、このことは深刻な問題でした。
こうした流れの中で、米国では2004年にWord of Mouth Marketing Association(WOMMA)が設立されました。そこで導入されたのが、「金銭や物品、サービスなどの提供を受けたときにはその旨を開示する」というルールです。
商業メディアにおいてコンテンツと広告が概ねそれとわかるように分別されているのと同様に、金銭・物品・サービスなどの提供を受けている場合はその旨を表示し、あとは消費者の判断に任せるというものです。
このルールは情報の受け手である消費者の自由な選択を損なわないことと、情報発信者の表現の自由を守りつつ幅広くマーケティング活動に活かして経済を発展させていくことの両立を意図していました。
2009年には連邦取引委員会(FTC)が「推奨及び体験談の広告への活用に関するガイド」を改訂し、ブロガーによる金銭や物品の授受を伴う推奨などを「material connections(重要なつながり)」として開示すべき対象に加えたことで、罰則を伴う公的なルールとなりました。
日本においても同様の問題意識が高まっていたことを受け、業界関係会社や識者により、2009年にWOMJが設立されました。
この際、米国と同様の考えに基づき、「関係性の明示」と「社会啓発」を原則として制定されたのが最初の「WOMJガイドライン」です。
景品表示法は第5条において、「表示」について「優良誤認」「有利誤認」を招くおそれのあるものを禁止していますが、当時はインフルエンサーなどのクチコミを活用する手法がこれにあたるかどうかは明確ではなく、社会一般のステルスマーケティングに対する理解も十分ではありませんでした。こうした中、最初のWOMJガイドラインは次のようなきわめて短く簡潔なものとなっていました。
1.関係性明示の原則
WOMマーケティング事業者は、どのような関係性において、WOMマーケティングが成立しているかについて、消費者が理解できるようにしなければならない。関係性とは、原則として金銭、物品、サービスの提供とする。
2.社会啓発の原則
WOMマーケティング事業者は、1が実現するように必要な啓発活動を行うとする。
2010年代にはタレントブログの商品推奨などが社会問題化
日本においてステルスマーケティングについて大きな動きが生じたのは2012年のことです。年初にはレストラン評価サイトでランキングを上げる水面下の活動が報じられ、またタレントブログにおける不自然な商品の推奨が「ステマではないか」と批判を浴びました。
同年2月には日本弁護士連合会(日弁連)が「インターネットを用いた商取引における広告の適正化を求める意見書」を公表し、特定商取引に関する法律(特商法)の改正によりステルスマーケティングを規制せよと提言しました。
これを受けるような形で消費者庁は同年5月、2011年10月に公表した「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」を一部改訂、ステルスマーケティングを景品表示法上の問題点として位置づけ、「優良誤認」「有利誤認」にあたる場合は景表法違反になるとの見解を示しました。
さらに同年12月には、いわゆるペニーオークションにおける詐欺事件に関連して芸能人が行った推奨がステルスマーケティングであったと批判されます。
消費者庁長官が定例記者会見において、やらせ書き込みを行った芸能人らに対し「影響力の大きさを自覚し、いいかげんなことを書かないように気を付けてほしい」との苦言を呈するなど、ステルスマーケティングへの社会的批判が高まっていったのです。
この会見では長官が「業界団体のガイドライン」に言及するなど、WOMJガイドラインが事実上の業界標準としてとらえられるようになりつつあったことが伺われます。
WOMJガイドラインの最初の改訂が行われたのはこの時期です。2012年1月に検討を開始し12月に公表、翌2013年1月に施行されました。
この頃にはTwitterやFacebook、YouTubeなど、新たに普及したソーシャルメディアがマーケティング活動に用いられるようになっていました。これらのサービスにおける「いいね!」や★の数、シェア数や閲覧数など、言葉による関係性明示が難しい消費者間のコミュニケーションが発達したことから、WOMJガイドラインの3つ目の原則、「消費者行動偽装の禁止」が盛り込まれました。用語の定義も加えて記載を充実させました。
Instagramなどの普及で2度目のガイドライン改訂
2度目のガイドライン改訂が行われたのは2017年です。この頃にはInstagramが普及し、多くのインフルエンサーが画像や動画を使ったクチコミマーケティング活動を行うようになっていました。
2017年2月には日弁連が2度目の「ステルスマーケティングの規制に関する意見書」を公表、景品表示法第5条の改正によりステルスマーケティングを禁止せよと主張しました。こうした動きを受け、3月に検討を開始、12月に施行されたのが2023年9月時点での現行ガイドラインです。
構成は、「本文」「解説」「FAQ」の3段階になり、「本文」はA4版1枚で短くわかりやすくなりました。その分詳細な説明は解説と具体的な局面を例示した「FAQ」で行われています。また、情報受信者だけでなく情報発信者もまた消費者であるとの観点から、その保護を事業者の責任として位置づけました。
さらに、関係性はマーケティング活動の「主体」と情報発信者が得る「便益」の双方を明示することとして具体化し、その明示方法についてもハッシュタグのようなソーシャルメディアの仕様やモニターキャンペーンなど業界の慣行を踏まえた方法を具体的に示すとともに、各プラットフォームが定めるようになっていた関係性明示の規制にしたがうことなどを定めました。
ステマ法規制導入に合わせ、10月1日から新ガイドラインに
そして2023年10月1日に運用開始する今回の改訂は、3月に景品表示法第5条第3号に基づく消費者庁より示された「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の指定告示及びそれに基づき公表された「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」を踏まえたものです。
消費者庁における検討段階からWOMJ理事が議論に加わり、指定告示の内容に合わせつつ、業界ガイドラインとして法に含まれない部分までカバーするルールとなっています。その内容は以後の回で詳しく説明していきます。
このように、WOMJガイドラインは、ソーシャルメディアの普及や市場の発展、ビジネス慣行や政策の動向などをみながら随時改訂されてきました。法律では難しい、こうした機動的な対応が可能であるのも業界ガイドラインの強みです。WOMJガイドラインは今後も随時必要な改訂を行っていくことになるでしょう。
山口 浩(やまぐち・ひろし)
クチコミマーケティング協会 運営委員
ガイドライン部会 部会長
駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授。博士(経営学)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)上席客員研究員。専門はファイナンス及びリスクマネジメント。近著『就活メディアは何を伝えてきたのか』(青弓社)。