WOMJ運営委員および関係者による執筆された記事などをご紹介します。
ステマ規制初の措置命令を解説(2)「#PRをつけたくない」は危険


このコラムは、2024年6月20日の宣伝会議Advertimesに寄稿したものを転載しております。
消費者庁のニュースリリースページから
2024年6月7日、消費者庁は、「ステマ規制」に関連した初の措置命令を行いました。
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今回は前回のコラムに続き「ステマ規制」に対応するクチコミマーケティング協会(WOMJ)の運営委員会副委員長 ガイドライン担当の山本京輔が、このニュースを通して、今後、ステマ規制がどのように運用されていくのかを考察しつつ、深掘りしていきます。
なお、山本が「ステマ規制」の基礎と実務対策について解説した記事は以下から読むことができます。
関連記事
・SNS投稿例で理解するステマ規制(1)景品表示法の場合
・SNS投稿例で理解するステマ規制(2)WOMJガイドラインの場合
先行する「ステマ規制」、行政指導は健康関連商品だった
本題に入る前に、じつは、本件より前に2件の「ステマ規制」行政指導が令和5年度に行われていました。今回のように大きく報道はされませんでしたが、6月3日に消費者庁からリリースが出ています。
この資料45ページによれば、1つは空間除菌を標榜する商品で、SNSに商品のことを投稿するよう、内容も指示していたという事件です。
2つ目は、プロテインの販売にあたり、商品画像と共に新製品が出たから試してみたよ、プロテインバーもあるみたいなのでチェックしてねなどと内容についても指示し、投稿するように依頼した、という事件。
この2件が「ステマ規制」の行政指導となっていたのです。
令和5年度に「ステマ規制」対象として行政指導した内容(消費者庁リリース資料より)
この2件は行政指導なので、強制的・権力的な「行政処分」ではありません。
しかし、以下はあくまで想像の範囲とはなりますが、除菌製品、プロテインのような健康食品、そして今回のクリニックといった医療機関が対象となったことから、消費者庁による「生命身体の安全に関わる内容については、特に厳しく見ているぞ」というメッセージが込められているように思われます。
「速やかに取りやめなければならない」措置命令、どう従うのか?
クリニックは具体的にどのような対応をしなければならないでしょうか。今回の措置命令は以下です。
2)本件に関して事業者の表示義務に違反したことを一般消費者に周知徹底しなければならない
3)再発防止策を講じて、それを役員及び従業員並びにクリニックの医療従事者及び従業員に周知徹底しなければならない
4)今後、同様のステマ行為を行ってはならない
5)以上についてとった措置について、速やかに文書にて消費者庁長官に報告しなければならない
行政指導と異なり、行政処分(措置命令)には原則として従わなければなりません。従わない場合は刑事罰もありえます。
1)の命令内容としては、違反に該当する投稿を速やかに取りやめるということで、投稿されたステマをすべてGoogleマップから削除させる必要があります。
次に2)のステマ投稿があったことを一般消費者に周知徹底することについては、景表法違反では、新聞に広告を出したり、ホームページに記載したりするなどの措置がとられることが多くありますが、今回はまだその詳細までは見えてきていません。
3)と4)は再発防止のための取り組み、5)は報告義務となります。
ここからが重要なポイントになりますが、措置命令対象のステマをどう取りやめるのか?ということです。今回はGoogleマップのクチコミですから、投稿を削除できるのは投稿者本人か、Googleが違反と認定した場合となります。
●クリニックから個別にクチコミ削除をお願いする場合
クリニックから個別にクチコミ削除をお願いする場合、「550円割引した人物が誰なのか、本当にわかるのか?」という疑問がわくはずです。
Googleマップ上では、アカウント名がわかっても本名がわかるわけではありません。クリニックは受診者リストをもっているかもしれませんが、照らし合わせでアカウント内容を把握できるかは怪しいと言えます。中には割引を受けていない人がいる可能性もないとはいえません。
もし受診者リストをもって削除を依頼したとして、本当に全員が削除に応じてくれるでしょうか? という点も疑問です。
ステマ投稿者はお金で動く人なので、クリニックと信頼関係を築けているかどうかには、疑問があります。対応するのは面倒だと考える場合もあるでしょうし、お金をもらえれば削除するという人がいる可能性もゼロではありません。
●Googleに削除を要請する場合
一方、Googleに相談すれば該当の投稿は削除してもらえるのでしょうか?
先に述べたように、割引や無料の商品やサービスと引き換えに投稿したコンテンツはGoogleマップでは禁止されているので、そのように報告することは可能です。
ただし、Googleが無料で提供するサービスなので、要請に従ってすばやくクチコミが削除されるとは限りません。
以上のように、ユーザーへ削除を依頼する場合も、Googleへ依頼する場合も、速やかに実現するのは非常に困難そうです。
最悪どちらも削除がかなわなかった場合は、どうすればいいのでしょうか?
Googleビジネスプロフィールへ閉店届けを出して、クリニックをマップ上から削除するくらいしか方法はないかもしれません。
もしも自社やクライアント案件で措置命令が下ったら?
ひるがえって、この記事を読んでいる広告関係の読者の勤務先や、自社が担当している得意先企業に同様なことが起こった場合はどうなるでしょうか。まとめとして考えていきたいと思います。
●件数が多すぎたり身元が特定できず削除しきれなかったりする可能性
今回の該当件数は45件と比較的少なめの数でした。これがもしも大規模な施策で何千、何万といった数になっていたらどうでしょうか。
数が多くなれば、対応コストは甚大となります。常識的に考えてすべてのSNS投稿を完全に削除することは極めて困難だと言えるでしょう。
また、削除をお願いした投稿者がインフルエンサーなどの場合、自分の信用に関わるからとステマであることを否定して削除に応じないかもしれません。
それでもインフルエンサー自身には規制は及びませんので困るのは事業者のみです。あるいは、一般の消費者でも、「削除のためには100万円払え」などと脅迫めいたことを言ってくる人もいると考えられます。それらに一つひとつどのように対応していけばいいのでしょうか。
SNS施策では、相手が特定できなくなってしまう可能性もあります。ギフティングなど誰に送られたのか、追えない場合もままあります。
大半のクチコミがステマと無関係な好意的な第三者が占めるなかで、一部のステマだけを削除しなければならないとしたら、砂糖の壺のなかに混じったひとつまみの塩を取り除くような作業です。
このひとつまみの塩のために、公式アカウントを削除したり、キャンペーン全体を取りやめたりしなければならなくなる可能性もあります。
最悪のシナリオでは、対応が難しくなった結果、措置命令に従わない・あるいは現実的に従えない場合、事業者が「刑事罰」を受ける可能性があります。
措置命令(速やかにとりやめなければならない)に従わない場合、個人に対して2年以下の懲役又は300万円以下の罰金(改正前の景表法第36条)が、事業者には3億円以下の罰金(第38条1項)が科される可能性あります。その可能性だけでも契約を失うことは大いにありえますし、広告に関わる企業では自社の評判の失墜も免れないでしょう。
SNS投稿企画の手軽さに比べ、ステマ規制の行政措置への対応の困難さと発生時のダメージははるかに大きいことがおわかりいただけると思います。
今一度考え直してほしい「#PRは付けたくない」という軽い考え
ここまでいろいろと述べてきましたが、見た目が悪いからなどの理由で「#PRは付けなくてもいいのでは」と考えている人が、一部にまだいるかもしれません。また、インフルエンサーからそう言われてしまったという経験もあるかもしれません。
しかし、今回の具体的な措置が出たことで、あらためて「#PRをつけたくない」と気軽に言うことの怖さを認識すべきです。
事業者の表示、事業者の表示であると考えられる場合は、その投稿にはわかりやすい表記として「#PR」などを付けることを徹底していくことだけで、このような大損害を与えるようなダメージを受けるリスクはなくなるのです。
なおWOMJでは6月28日、消費者庁表示対策課の方を講師に招いたセミナーを会員限定で開催し、今回の行政措置の発表を受けた解説もお話しいただく予定です。
それに先がけて、本コラムでは2回にわたり本件の問題点などを解説しました。今後も引き続き、動向を注視していきたいと思います。
山本京輔(やまもと・きょうすけ)
クチコミマーケティング協会(WOMJ)
運営委員会副委員長/ガイドライン担当
博報堂 ビジネスコンプライアンス局 クリエイティブリスクコンプライアンスグループ グループマネージャー。消費者庁・ステルスマーケティング検討会委員。博報堂ではクリエイティブ全般のリスク管理、および炎上・ステマ対策などを行っている。